クモが糸を出すわけを探る
1 研究の動機
「何これ。なんでこんな所にクモの巣があるんだろう。」ぼくがクモの巣に引っかかった時思わずで出てしまう言葉だ。クモはグロテスクでどちらかといえばイメージの悪い生き物だ。顔や腕,髪につくとなかなかとれない糸。でもそんな糸の上でゆうゆうと獲物を待ちかまえているクモ。映画『スパイダーマン2』ではクモの糸を巧みに使って,電車を止めたり命綱にしたりしていた。テレビで「クモの糸は総合的に史上最強の繊維」と放送しているのも見た。ぼくはそんなクモの糸に興味を持った。
そこで,今年はクモの糸や,クモが糸を出すわけについて調べてみた。
2 研究の記録
1)造網性のクモと徘徊性のクモについて
クモの種類を大きく分けると,ナガコガネグモなどのように網を張る造網性のクモと,アシダカグモのように網を張らず地表や木の上などを歩き回り獲物を捕らえる徘徊性のクモに分けられることが分かった。
(1)造網性のクモ
(2)徘徊性のクモ
ハエトリグモ,カニグモなど(葉や枝の上を徘徊)
ハシリグモ、アシダカグモなど(地表や家の中を徘徊)
2) 網の作り方について
網を作るクモは,網がこわれて使えなくなるまで大事に使い,使えなくなると新しい網を作っていた。円網を作るクモはナガコガネグモと同じような手順でとても器用に作っていた。
(1)ナガコガネグモ
@向かい側の枝や葉に網の元になる橋糸(他の糸より太く他のクモと共用している)を張る。
AY字型に糸を張り,枠糸を張る。
B網の中心から枠糸までに縦糸を対角線に張っていく(このクモの場合は23本)。
C中心から半径1.5pまで約0.5p間隔の粘着力のない糸を張る。
DCで張った糸の外側から網の外側に向かって1.5p間隔の粘着力のない足場糸を張る。
EDで張った足場糸を足掛かりにしつつ外側から中心に向かって横糸を張る(途中まわる向きを交代しながら 糸を張っている)(だんだん糸と糸の間隔を縮めている)。
F横糸を張り終えると中心部の糸くずを食べる。
(2)番外編@:飼育箱の中のナガコガネグモ
直径15pの半円形の網を張った。横糸11本と縦糸と思われる12本でできている。中心の渦はなくシダの葉との結合部はかなりの数の糸で補強されている。
(3)番外編A:飼育箱の中のクサグモ
まず,上の方の角にトンネル状の巣を張った。そして,その巣から飼育箱の端から端まで縦横斜めに適当に網を張っていた。
3) 網の性質について
色々な働きをする糸があるので,それぞれどのような構造をしていて,どのような性質があるのか調べてみた。
(1)糸の性質
ナガコガネグモの縦糸:触ってもくっつかず,すぐ切れてしまう。顕微鏡で見ると4本の糸でできている。その糸はさらに細い20本以上の糸でできている。
ナガコガネグモの横糸:粘着力と弾力があるので触るとくっついてよく伸びる。顕微鏡で見ると規則正しく丸いつぶつぶが一本の線の上に並んでいる。丸いつぶつぶが糸巻きの働きをするからよく伸びるらしい。
ナガコガネグモの捕帯:網にかかった獲物を動けないようにぐるぐる巻きにするために使う糸。顕微鏡で見ると5本の糸でできている。その糸はさらに細い20本以上の糸でできている。どちらかというと縦糸に近いが粘着力がある。
ナガコガネグモのかくれ帯:巣を補強したり身体をかくすために巣に張られている。細い糸がたくさん集まってできている。クモによっていろいろなかくれ帯がある。
(2)糸の伸縮性
実験方法:クモの横糸に指をくっつけて引っ張り,元の長さと伸びた後の長さを比較してみる。
実験結果:3pの横糸を指で引っ張ってみると6倍の18pまで伸びた
(3)雨との関係
雨の後,横糸がずれていたり,横糸と縦糸との結合部の付着盤が2〜5つに分かれたりしていたことから,雨によって糸の性質に変化があるのではないかと考え実験をしてみた。
実験方法:雨の後の糸がぬれている時の伸縮性を調べる。
実験結果:ぬれている3pの横糸を指で引っ張ってみると約9.8倍の28pまで伸びた。
4)網を張るクモはなぜ自分の巣に引っかからないのか
普段は粘着力のある横糸を歩かず粘着力のない縦糸や足場糸を歩いている。長時間獲物を待つ時は粘着力のない網の中心部分に陣取っている。
(1)クモの足を調べる
実験方法:クモの足を採取し横糸に引っかかるかどうか試してみる。
仮説:たまには足が横糸に引っかかることもあるだろうから足に何らかの工夫がされていて引っかからないだろう。
実験結果:クモの足は全く引っかからなかった。足に触れてみるとぬめっとしていてなめらかだった。顕微鏡で見てみると,足の先端部はカマキリのカマの先のような爪が2本生えていてそこから上は毛が密集していた。
本で調べてみる:本で調べると「足や体に油のような物質が分泌していて,それがくっつくのをふせぐ。」と書いてあった。
(2)自分の指に水や食用油をつけるとどうか?
実験方法:水のついた自分の指ではどうか
実験結果:水のついていない時と全く変わらずよくくっついた。
実験方法:食用油の付いた自分の指ではどうか
実験結果:クモの足ほどではないがかなりくっつきにくい。
5)獲物のとらえかたについて
(1)ナガコガネグモ
実験: 葉の場合
実験結果:すぐに様子を見にいくが動かないと分かると下に捨てた。
実験:2pほどのエンマコオロギの場合
実験結果:すぐにコオロギを手元でくるくる回し捕帯でぐるぐる巻きにして網の中心部まで運んで体液を吸い始めた(夕方)。翌朝見ると体の内部は吸い尽くされ外殻だけになっていた。
実験:8pほどのショウリョウバッタの場合
実験結果:すぐにバッタの周りを回り捕帯でぐるぐる巻きにしバッタに近づいたが、暴れるので1回口でバッタをかんでから網の中心部で待機した。バッタの動きが鈍くなってから体液を吸い始めた。
番外編@実験:1回捕帯でぐるぐる巻きにされているところを取り出して再度網にかけたオンブバッタのメスの場合
実験結果:すぐに様子を見にいくがその場にとどまってとまどっているようだった。しばらくして見てみるとバッタは下に投げ捨てられていた。
(2)アシダカグモ
実験12:ショウリョウバッタモドキの場合
実験結果12:頭部・胸部・腹部・歩脚に分断され内部を吸い尽くして外殻のみになっていた。
(3)コクサグモ
実験13:オンブバッタのオスの場合
実験結果13:獲物が網にかかるとしばらく様子を見て獲物の周りを回りながら捕帯を何重にもかけていた。しばらくしてみると中身を吸い尽くされた獲物が下に捨てられていた。捕帯がかかっていた形跡がないので捕帯も一緒に食べたのだろう。
6)巣の標本を作る
@用意するもの
発泡ポリエスチレンパネル・ラッカー(ホワイト)・スプレーのり・コートフィルム
A作り方
ア パネルを適当な大きさに切る。
イ 標本にとりたい網にホワイトラッカーを吹き付ける(あまり近くで強く吹き付けると網が壊 れるので注意する)。
ウ パネルの上にスプレーのりを均等に吹き付ける。
エ ウのパネルの上にイの網をくっつける。板からはみ出した糸は手で切り,ていねいに板の裏 側へ巻き取るようにする(一気に引っ張ると板の途中で糸が切れたりして網が壊れる)。
オ よくかわいてからコートフィルムを貼り付ける。
3 考察
1)獲物のとらえ方
クモは4種類の糸を器用に使って網を張る。獲物がかかるのを網の中心でじっと待つ。横糸で獲物を網にひっつけ,捕帯でがんじがらめにする。そして中央の台座まで糸でひっぱて運ぶ。近眼のクモが獲物が網にかかったと察知できるのも,糸のおかげだ。
2)網を張るクモはなぜ自分の巣に引っかからないのか
クモの体には油分が分泌されていて糸にくっつかない。人間の指でも油を付けていれば巣に引っかかりにくい。足先の爪で糸の振動を感じたり糸に引っかけたりする。
3)網の性質について
横糸は元の長さの約6倍まで伸びぬれている場合は約9.8倍まで伸びた。葉や枝との結合部の糸も伸びるのでかなりの風にも耐えることができる。雨の降った後はぬれているので粘着力は上がるが雨粒の重みで横糸がずれたりする。クモの糸には粘着力のない縦糸・足場糸・橋糸・かくれ帯,粘着力のある横糸・捕帯・付着盤など色々ありそれぞれ別の役目を果たしている。クモの種類・大きさによって糸の太さなどが違う。
4)クモの糸は何のためにあるのか
クモにとって糸は,食べ物を取る道具になり,自分や子孫を守る道具にもなる。それから住む場所を作る材料にもなる。クモにとってはクモの生活全般を支えている万能の道具であり材料であることがわかった。そして,この万能の道具を見事に使いこなすクモの本能はすごいと思った。
4 終わりに
屋外での観察は暑くて大変だったが,何かがわかったときはとてもうれしかった。テレビで「クモの糸は総合的に史上最強の繊維」と放送しているのを見てもあまり実感がわかなかったが,観察や実験によってクモの糸のすごさが分かった。クモは道具ではかりもしないのに,正確に同じ角度で縦糸を張ることや,獲物を捕まえる素早さには驚かされた。そして一匹のクモが用途に応じて色々な糸を出して,見事に使い分けていることは,すごいと思った。以前のぼくにとってはクモは嫌なやつだったが,今はクモのことをもっと知りたいということと一種の尊敬の念が生まれた。これからも時間を見つけて,クモの糸の実用性などクモの研究を続けていきたい。